プロ野球を見ていると、若い選手がキラキラ輝いて、夢中でボールを追う姿に胸が熱くなります。でも、歳を重ねてもなお、努力と情熱で輝きを増した選手がいます。それが、通算219勝、そして50歳まで現役を続けた中日ドラゴンズの山本昌さん。
僕も車椅子生活を送りながら、年齢や環境に気持ちが揺れることがあります。そんな中で、山本昌さんの姿は、心を真っ直ぐに奮い立たせてくれる存在です。ただの野球の話じゃなくて、人生のヒントが詰まっている気がするんです。
今日は、そんな山本昌さんの名言や、生い立ち、業績を、自分なりの目線で紹介します。ゆっくり読んでもらえたら嬉しいです。
山本昌の名言とは?

山本昌さんの言葉で印象的なのは「限界は自分で決めるものじゃない」です。この言葉、スポーツの世界だけの話に聞こえるけど、日常にもズシンと響きます。できないと思った瞬間に、挑戦の扉って閉まっちゃうんですよね。
僕も、体が自由に動かないことを言い訳にしたくなる日があります。でもこの言葉を思い出すと、少しずつでも前に進もうって気持ちになるんです。他にも「準備が自信をつくる」というのも心に刺さります。積み重ねた時間だけが力になるって、どんな世界でも同じなんでしょうね。
山本昌の生い立ちとは?
山本昌さんは1965年東京生まれ。野球少年として育ち、高校でも活躍していましたが、ドラフト順位は決して高くなかったそうです。そこからプロ入りしても、最初から順風満帆だったわけじゃない。
むしろ、スピードも突出していなかったと言われ、苦労しながら道を探した選手。それでも、試行錯誤しながらサイドスローに取り組んだり、新しい球種を覚えたり。「何が自分を活かす武器か」を考えて、積み上げていった努力人。
同じ時間を過ごすなら、腐らず工夫を続ける方がいいって思わせてくれる人生です。
山本昌の業績とは?
通算219勝、最優秀防御率、最多勝、沢村賞など、華やかな数字が並びます。でも、やっぱり語られるのは、50歳で公式戦に勝利した最年長勝利記録でしょう。普通なら引退を考える年齢で、プロとして一線で結果を出す。
これは才能だけじゃなく、日々のケア、研究心、そして何より「続ける意思」の勝利。球速が落ちても、技術と頭脳で勝負し続けた姿は、本当のプロフェッショナルです。数字以上に、プロ野球史に深く名前を刻んだ選手だと感じます。
最後に
山本昌さんの歩んだ道は、派手さだけじゃなくて、粘りと工夫と誠実さでできています。僕も、環境や体のことを理由に諦めたくなる瞬間があるけど、こういう人を知ると気持ちが整います。
どんなペースでも、少しずつ前に進めばいい。限界は、きっと誰にも簡単に決められない。そう思わせてくれるから、山本昌さんの物語は、球場の外でも輝いているんでしょうね。今日もゆっくり進んでいきましょう。僕も一緒に進みます。



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