私が「依怙贔屭」という四字熟語を強く意識するようになったのは、ある何気ない日常の出来事がきっかけでした。車椅子で生活していると、人の態度の違いに敏感になる場面が多くあります。
親切にしてくれる人がいる一方で、なぜか特定の人だけが優遇されているように感じる瞬間もあります。その違和感を言葉にできたとき、頭に浮かんだのが「依怙贔屭」という言葉でした。
意味を知るほどに、「これは昔から変わらない人間関係の本質を突いた言葉だ」と感じたのです。今回は、この依怙贔屭という四字熟語について、私自身の視点も交えながら、できるだけわかりやすくお話ししていきます。
依怙贔屭の意味とは?

依怙贔屭とは、特定の人だけをひいきし、公平さを欠いた扱いをすることを意味する四字熟語です。「依怙」は身内や気に入った相手に頼り、かばうこと、「贔屭」は力を尽くして助けることや、特別に目をかけることを表しています。
この二つが合わさることで、「えこひいきすること」「不公平な肩入れ」という意味になります。重要なのは、単なる好意や親切ではなく、周囲から見て明らかにバランスを欠いている点にあります。そこには、公正さよりも感情や利害が優先されている状態が含まれています。
依怙贔屭の使い方とは?
依怙贔屭は、人間関係や組織の中で不公平さを指摘するときによく使われます。例えば、職場で上司が特定の部下だけを評価し、ミスを見逃したり重要な仕事を任せ続けたりする場合、「あの上司は依怙贔屭が激しい」と表現できます。
また、学校や地域活動、家庭内でも使われることがあります。「兄だけを優遇する親の態度は依怙贔屭だ」といった具合です。日常会話ではやや硬い印象がありますが、文章や意見を述べる場では、不公平さを端的に伝えられる便利な言葉です。
依怙贔屭をわかりやすく解説
依怙贔屭という言葉の本質は、「公平であるべき場面で、感情や好き嫌いが優先されてしまうこと」にあります。私自身、支援制度や公共サービスの現場で、担当者によって対応が大きく変わる経験をしてきました。
制度は同じなのに、ある人は丁寧に説明され、ある人は簡単に済まされる。そこに悪意がなくても、結果として不公平が生まれます。依怙贔屭は、意図的である場合もあれば、無意識に行われることもあります。
だからこそ厄介で、本人は「普通にしているだけ」と思っていても、周囲には不満や不信感が蓄積していきます。この四字熟語を知っていると、「今起きている違和感は何なのか」を冷静に整理できます。
ただ感情的に怒るのではなく、「これは依怙贔屭にあたるのではないか」と言葉にすることで、状況を客観的に見つめ直せるのです。
最後に
依怙贔屭という四字熟語は、人を責めるためだけの言葉ではないと私は思っています。むしろ、自分自身の態度を振り返るための鏡のような言葉です。私たちは誰しも、無意識のうちに身近な人を優先してしまうことがあります。
それ自体がすぐに悪だとは言い切れません。ただ、公平さが求められる場面で、その感情が前に出すぎていないかを考えることは大切です。依怙贔屭という言葉を知ることで、人間関係の歪みや社会の不公平に気づく視点が少し広がります。
そして同時に、自分はどうありたいのかを問い直すきっかけにもなります。この四字熟語が、あなたの日常を見つめ直す小さなヒントになれば、私としてはとても嬉しいです。



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