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郢書燕説とは何か?意味と使い方を日常目線でわかりやすく解説

え行
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私がこの四字熟語「郢書燕説」に強くひかれたのは、正直に言うと、自分自身の失敗と重なる部分が多かったからです。私は車椅子ユーザーとして日常を送っていますが、外出先やネット上で、こちらの意図とはまったく違う意味で受け取られてしまう経験を何度もしてきました。

説明したつもりでも、相手は別の話として理解していた。そんなすれ違いが積み重なるたび、「どうしてこうなるんだろう」と考えてきました。郢書燕説という四字熟語は、まさにその状況を言葉にしたものです。

堅苦しい漢語に見えますが、意味を知ると驚くほど身近で、現代にもそのまま通用する内容だと感じています。

 

 

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郢書燕説の意味とは?

 

郢書燕説とは、書いた本人にはまったく意図のない内容を、読む側が勝手に深読みし、もっともらしい解釈をしてしまうことを指します。簡単に言えば、書いた側の気持ちと、受け取った側の理解が大きく食い違っている状態です。

しかも、読み手は自分の解釈を正しいと思い込んでいるため、話がどんどん別方向へ進んでしまいます。この四字熟語には、「意味の取り違え」だけでなく、「こじつけ」や「独りよがりな解釈」といったニュアンスも含まれています。

 

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郢書燕説の使い方とは?

 

郢書燕説は、会話や文章の行き違いを指摘する場面で使われます。例えば、説明が足りなかった結果、相手がまったく別の意味として受け取ってしまったときや、噂話が尾ひれをつけて広まったときなどです。

日常会話ではやや硬い言葉ですが、文章や説明の中で使うと、知的で冷静な印象を与えます。「それは郢書燕説だ」と言えば、「それはあなたの思い込みではないか」という意味を、やや距離を保って伝えることができます。

 

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郢書燕説をわかりやすく解説

 

この四字熟語の由来を簡単にたどると、理解が一気に深まります。昔、郢という国の人が書物に何かを書き記しました。しかし、その内容は特別な意味を持たない、いわば走り書きのようなものでした。

それを燕の国の人が読み、「これは深い教えに違いない」と勝手に解釈して感心した、という話が元になっています。ここで重要なのは、書いた側には深い意図がなかったという点です。

にもかかわらず、読む側が勝手に価値を見いだし、話を膨らませてしまった。このズレこそが郢書燕説の本質です。

現代に置き換えると、SNSの投稿がとても分かりやすい例だと思います。何気なく書いた一文が、誰かの目には強い主張や批判として映り、全く意図しない方向で拡散される。

私はブログを書いていて、読者のコメントを見て「そんな意味で書たつもりはなかった」と感じたことが何度もあります。それでも相手は、自分なりの解釈を正しいと信じています。ここに、郢書燕説の怖さがあります。

また、この言葉は「読む側が悪い」と一方的に責めるためだけの言葉ではないと、私は思っています。書き手の説明不足や、前提を共有できていなかったことも、誤解を生む原因になります。つまり郢書燕説は、伝える側と受け取る側、双方に気づきを与える言葉なのです。

 

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最後に

 

郢書燕説という四字熟語は、古い中国の故事に基づいていますが、現代社会にこそ必要な言葉だと私は感じています。情報があふれ、言葉が短く切り取られやすい今、意図しない解釈は誰の身にも起こります。

私自身も、伝えたつもりで伝わっていなかった経験を重ねる中で、この言葉の重みを実感してきました。

だからこそ、何かを発信するときには「どう受け取られるか」を少しだけ想像し、同時に、受け取る側としても「これは本当に書き手の意図なのか」と立ち止まる姿勢が大切なのだと思います。

郢書燕説を知ることは、単なる四字熟語の知識を増やすことではありません。言葉のすれ違いに気づき、人との関係を少し穏やかにするための視点を手に入れることだと、私はそう感じています。
 
 

まっつん

はじめまして、頚髄損傷者のまっつんです。

健常者から障害を持つようになり、車椅子で生活していることでの感じた考えを綴ろうと思います。

共感していただければコメント欄からどしどし書き込んでもらえると幸いです。

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